2008年9月26日金曜日

Kensal Greenでの雪辱を果たす!


25日、夕方5時。大学図書館より(最近はホテルのTVラウンジでネットをすることも少なくなった)。24日は、11時頃に図書館に到着。気になっていたことを先に少し調べた。昨日読んだ『こちら倫敦漱石記念館』では、漱石がロンドン留学をしていたほぼ同時期に、同じ異国の地で活躍していた日本人画家の「牧野義雄」なる人物について詳しく述べられていた。この画家は恒松先生によって発掘されたと言っても過言ではない。いろいろと調べると、彼の代表作『雨のBBC放送局』は、鹿児島県にある「ミューズランド薩摩英国館」(http://www.satsuma-eikokukan.jp/index.html)に所蔵されており、2006年のTV番組「開運!なんでも鑑定団」で紹介されたとか。。。日本に帰国したら、まず訪れてみたい場所の一つになった。「英国館」には他にも明治時代のイギリスと日本との関係を探る上で非常に興味深い資料等が多数ありそうなので、とても興味をそそられている。また、本で読み知ったのは、ロンドン大学University Collegeの中庭に、日英友好の記念碑があるということだった。これを見たいと思ったので、散歩を兼ねてカメラを片手にUniversity College のメイン・キャンパスに潜入してみたが、結局どこにあるのか分からず、そのまま図書館に引き返す羽目に。。。以後は、午後8時半過ぎまで予習に取り組む。晩ご飯はホテルから数十歩歩いた通りの曲がり角にあるイタリア料理店へ。毎回、前を通るたびにかなりの数のお客さんが入っていたので気になっていたのだ。思い切って入ってみると、意外にお客さんの数は少なくて(おそらく夕飯の時間にはちょっと遅かったからか?)、一人でも気持ちよく応対してもらえた。スパゲッティ・カルボナーラとグリーンサラダを注文。お客の入りがいい理由が分かった。メチャクチャおいしいのだ!値段も意外にリーズナブルで、また近いうちにここには来ようと思って、満足げに店を出た。その後は、近くのTescoでビールを一本だけ買いに行った。レジで金額を言われた後、小銭ぴったりで支払ったら、応対をしてくれた黒人のお兄さんが、最初は「おや?」というような顔をしたので、(また小銭を間違えて渡したのかなぁ?)と一瞬ヒヤッとすると、“You're a good boy! How are you?”といきなり言われ、最初は何のことか分からなかったので“I'm sorry?"と聞き返すと“How are you?”と再度言われて、反射的に"I'm fine! Thank you!”と言った。小銭ぴったりで支払っただけでこのノリはいい感じだった。別にボク自身はビール一本だけを買いにきたので「good boy」でも何でもないのだが。。。。ホテルに帰ると、ビールをChrispと共にゆっくり飲んで、シャワーを浴びて寝た。
  今日25日は、文学散歩に収穫の多い日だった。この二日、あまり体を動かしていなかったので、今日はちょっと長めに歩けるコースを練ろうと、午前中は図書館で作戦を練った。気になっていたのは、やはり先日、無駄足を踏んだKensal Greenでのお墓探しだ。いろいろとネットで情報をひろっていると、やがてRichard Jonesさんの書かれた「Richard Jones's London Walking Tour」(http://www.walksoflondon.co.uk/)の中にKensal Green Cemetryでの歩き方が詳しく書かれていることが分かった。(http://www.walksoflondon.co.uk/36/london-walks-kensal-green.shtml)このページを順に読んで行くと、地下鉄Kensal Green駅からの墓地内の歩き方まで写真付きで事細かに説明されている。これは本当に有り難い!ある程度記事を読んで、前回の風景や地図と照らし合わせながら、経路をつかむと、これらの説明(textファイル)と写真(jpg画像)をPDAに転送し、もう一度Kensal Greenまで(今度はEuston Roadから18番のバス一本で<所要時間30分程度>)直行した。墓地到着後、説明通りに歩いて行くと、先ず発見したのがディケンズの義妹Mary Hogarthのお墓だった。説明書きにある通り、墓地内のNorth Avenueを歩いて行くと右側にひっそりとたたずんでいる。なかなか気づきにくいのだが、それだと分かったのは写真をPDAに表示させて、それを見ながら探していたためだった。説明書きによるとそこからDaniel Maclise→Charles Shirley Brooksのお墓を経由するはずなのだが、書いてあることがよく理解できず、また、見当をつけてみても両者のお墓には行き当たらなかったので、諦めた。しかし、サッカレーのお墓については比較的分かりやすい解説が書かれていて、かつ、Wikimeidaでそのお墓の最近の写真が掲載されていた(http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e0/Thackeray_-grave_Kensal_Green_Cemetery-16Aug2006.jpg)ので、その二つを頼りに探し当てることができた!行き方は、正門(ドリス式の門だそうだ)からまっすぐ行って、foot pathに入ると右に曲がって行く。それがSouth Avenueで、その通りを道なりに歩いて行き、左側には普通の煉瓦の壁が見えているが、それが欄干のような柵に変わるところがある。その変わったところをすぐ右に向けば、小さな柵で囲まれたサッカレーのお墓があるのだ。墓石にはサッカレー(William Makepeace Thackeray)のイニシャルW.M.Tを一つに重ねたマークがあるだけだ。しかし、彼のお墓は意外に見つけやすい。小さな柵で囲まれているのは言うまでもないが、写真を見ても、左側にレンガで作られた赤茶色の棺のお墓があり、その前には左手に真っ白なハート形の墓石、右手には本の形をした墓石があるからだ。これだけの条件が整っていれば、意外に簡単に見つけられるはずである。次に、サッカレーの友人であったJohn Leechのお墓は説明を読んでも発見できなかったが、その代わり、著名な風刺画家であるGeorge Cruikshankのお墓を見つけることができた。・・・もっともこれは、偶然だったが。実は先に見つけたのは、お世話になっているGeorge Birkbeckのお墓だった。これは同様にWikipediaにお墓の写真が出ていて、それをPDAで見ながら歩いていると同じものを発見できた、という次第だ。位置的には、Main EntranceからCenter AvenueをThe Anglican Chapelへ向かって真っすぐ歩けばChapelの少し手前に十字路がある、その右側に実はBirkbeckとCruickshankのお墓が並んで建っているのだ!Chapelを超えると、地下鉄Kensal Green駅方面の墓地になる訳だが、ここからのJonesさんの説明は分かりやすく、その通りに行けばほとんどぴったりでAnthony TrollopeとWilkie Collinsのお墓を見つけることができた。John Forsterのお墓の行き方についての説明(http://www.walksoflondon.co.uk/36/kensal-green-cemetery-the.shtml)あたりから何となく位置が掴めてくると、「(Chapelの左側の)階段を下りて」(Go down the steps)という説明からは完全にその解説通りの道筋を辿ることができた。両著名文人のお墓を写真に収めると、一路、大学図書館へ帰還。帰りのバスでは、微かな興奮を覚えていた。先日の徒労に終わったお墓探しも無駄ではなかったことや、サッカレーの墓地にようやく辿り着けたこと、またWilkie CollinsのThe Woman in Whiteは本当に面白く読んだ記憶があり、その著者のお墓に参れたこと、などなどが頭に浮かんだ。
  「今日は少しツイているかも」と思ったので、図書館に帰って、もう一度University Collegeの中庭にあると言われる、日英友好のMonumentに関する情報を集めていると、UCLのNewsletter(2004年夏号)(http://www.ucl.ac.uk/laws/news/docs/news_2004.pdf )が検索に引っかかり、1993年9月2日、Monumentが「Wilkins Buildingの南回廊(the South Cloisters)の裏にある“the Eisai Garden”」に建てられたと書いてあった。見に行きたい衝動を抑えきれず、図書館の椅子に座って1時間もたたないのに、再びカメラを持ってUCLのメイン・キャンパスに潜入。クラブの勧誘で人がたくさんいたが、少々強引に中庭まで入って行った。中庭にはクラブ勧誘のための白い仮設テントが建てられていて、なかなかmonumentらしきものを見つけられずにいたが、ふっと壁を見ると、何か日本語で書いてあるものが見えた。それがMonumentだった。無事に写真に収めることができたのである。お墓の写真は何かここに自分が来た証拠として撮影したかったため、背負っていたリュックやお気に入りのBevo君(University of Texasのマスコット)と一緒に撮影してみた。ちょっと長くなりすぎたので、今日はここまで。

0 件のコメント: